天職を生きる

この記事を書いているのは10/18ですが、昨夜シアトル出張から帰ってきました!8月のロス出張に続いて同じクライアントから今回はシアトル出張のご依頼となりました。シアトルに行くのが久々すぎて、何年ぶりか数えたくないぐらいでしたが、シアトルもロスと同じ西海岸ということで楽しみにしていました。


10月のシアトルは雨も降りがちだということで心配していたのですが、3泊4日の日程中お天気に恵まれて、気持ちの良い気温の中ダウンタウンを歩けて気持ちよかったし、お仕事自体は今回も初見の内容が多く大変でしたが、お客様に「分かりにくそうな点をスピーカーに確認しながら丁寧に訳してくださったので、とても分かりやすかったです」と言っていただけて嬉しかったです。


また今回は珍しく帰りのフライトが夕方だったので、観光らしきこともできました!そちらについては次回のブログで書いてみたいと思います。


さて、私にとって映画とは飛行機の中で見るものというイメージが強いです。特に飛行時間が長いと他にあまりすることもないので、念のためKindleを準備して行くものの、面白そうな映画があれば必ず見ます。


今回行きの飛行機ではまず슈가 (SUGAR : A Mother's Code)という映画を見ました。糖尿病の息子を抱え、同じ2型糖尿病の家族を持つ人々のために法制度の整備を促そうと闘う女性の実話を元にした韓国映画でした。ちなみに私が大好きなBTSのメンバーSUGAも「糖」を意味するSugarもハングルにすると同じ슈가です。韓国語は音を伸ばすことがあまりない言語です。ハングル自体も上下左右に音の要素を組み合わせて、日本語ではいくつも文字が必要な(特にカタカナ語の)音を一文字で表すことができるケースも多いです。


他にも수학영재 형주(数学の天才ヒョンジュ)という一風変わったインディペンデント系の映画を見ました。字幕が英語しかなかったので英語にしたのですが、表示がものすごく速くて読みきれない場面があったのと、英語のフォント自体が見にくいなとか、文字が横に詰まっていて視認性が悪いななどと、ストーリーとは関係ないことも思っていました。もしもANAにフィードバックする機会があったら伝えたいです。インディーズで不思議な雰囲気の映画でした。


もう1本はキアヌ・リーブス出演のGood Fortuneでした。ひとえにキアヌがいたから見たのですが、良い映画でした。あくまで映画ですけど、大変なことがあっても頑張って生きていこうと思えるような、性善説を信じたくなるような映画でした。Apple TV や Amazon Prime Video、FODプレミアムなど)にてレンタル・購入や見放題でデジタル視聴が可能らしいです。


帰りは行きには見落としていたMinari(ミナリ)を見つけてみてみました。1980年代、アメリカのアーカンソー州に移住してきた韓国系移民の一家が、荒れた土地での農業に挑戦しながら、様々な困難に立ち向かっていく姿を描いた作品で、祖母役を演じたユン・ヨジョンがアカデミー助演女優賞を受賞したことでも話題になった映画なので、見つけた時には嬉しかったです。優しいハルモニ(おばあちゃん)かと思いきや毒舌炸裂のおばあちゃんで、でも家族のために努力する姿や、終わりの方で思いもかけぬ災難に見舞われて家族の大切なものを守ろうとする姿には胸を打たれるものがありました。そして、韓国語が話される場面では元々映画字体で表示されている英語字幕と私が選択した日本語字幕が表示されることもあり、とても興味深く見ました。エンタメを楽しみながら言葉の勉強にもなるのって本当にワクワクしますね!(私だけ??)


他にもせっかくシアトルに行ったので、Sleepless in Seattle (めぐり逢えたら→邦題が全然違う!)やCrazy Rich Asians(クレイジーリッチ)も久々に楽しみましたし、Me Too運動のきっかけになったNew York Timesによる大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる数十年に及ぶ性的暴行事件を暴く取材の映画でShe Saidも見ました。(この映画についてはそれだけで記事が別に書けるぐらい思うところがありましたが、女性が我慢ばかりせずに声を上げないと男性や社会は変わらないと改めて思いました。日本の被害者が我慢すれば良いという雰囲気、被害者を非難する傾向は本当に良くないと思います。)


飛行機の中の映画鑑賞は楽しかったり、悲しかったり、考えさせたりといつも充実した時間です。そういう機会を与えてもらっていることに感謝です!




皆さんは外国語を勉強していますか?私はご存知の通り韓国語の勉強を続けていて、ブログには書いていませんでしたが、8月に勉強し始めて2000日を超えました。

最近は、必ずしも以前と同じように勉強に時間をつい痩せていないのですが、それでも以前は使えなかった韓国語の表現が自然に出てきて、上達を実感する瞬間があります。やっぱり反復練習やシャドーイングのおかげなんだろうなと思います。


その一方で先日久しぶりに韓国人の友人と電話したとき、なんだか思うように言葉が出て来ない感じがしてちょっとモヤモヤしました。そこで、これはどういう状況なんだろうと考えてみました。


一つは、学習を続けるうちに、単に意味が伝わるだけでは満足できなくなってきているのではないかと思いました。自分の気持ちやニュアンスにぴったりの表現を使いたいのに、まだそれだけの単語や表現や文法が身についていないのです。


もう一つは、単純ではありますが、しばらく使っていなかった単語を忘れていたり、疲れていたりするという原因もありそうです。


9月は12日連続で仕事をした時期もあり、シルバーウィークも毎日通訳案件が入り、休みなし。10月に入っても疲れが残っていたのかもしれません。


英語を学習する中でも当然感じていることですが、語学力は決して一直線に伸びるものではありません。今の韓国語ではまだそこまでではないですが、特にレベルが高くなって上級になると上達を感じにくくなるのではないかと思います。


学んでいる言語の能力が上がれば上がるほど、言いたいことと実際に言えることのギャップがむしろ気になるような気がします。


ある日の会話が思ったよりもスムーズに行かなかったとしても、それまでの学習が無駄になったとか、なくなったわけではないので、気にしすぎずに淡々と黙々と(いや、喋る練習をしているので黙々とではないですが)取り組むしかないですね。もどかしいなぁ。



先日、仕事で長くお付き合いのある方と食事をしていたとき、通訳についてとても嬉しいことを言っていただいた。私の通訳を聞いていると、「通訳を聞いている」という感じがせず、私が普通に話しているように感じることがある、という趣旨。


もちろん褒め言葉として言ってくださったのだと理解したし、これは通訳者としてとても嬉しい言葉だった。しかも、仕事柄たくさんの通訳を聞いてきた方で、私が本当に信頼している方でもあるのでなおさら。


改めてなぜそんなに嬉しかったのかをじっくりと考えてみると、自分が通訳するときに意識していることと、とても近かったからだと思う。私は例えば英語から日本語に通訳するとき、「この英語をどう日本語に訳そう」と考えるというより、「この人がもし日本語を話せたとしたら、どういうふうに話すだろう」と考えているような気がする。


論理的で端的に話す人なら、その感じを日本語でも残したい。くだけた話し方をする人なら、日本語もそれに合わせたい。慎重に言葉を選んでいる人なら、その慎重さも伝えたい。話し手の言葉を何でも「きれいな日本語」に整えてしまえばいいわけでもない。(とはいえ、原文があまりにぐちゃぐちゃになっている場合、訳として意味が通るように文を整えざるを得ない時はあるのだけれど)


通訳をしているときの感覚を、あえて表現するなら、「イタコ」に近いのだと思う。「あえて」と言ってはみたが、実は私は通訳を始めて以来ずっとイタコのつもりである。


もちろん、実際に日本語を話しているのは私であり、私の頭を通して言葉を選び、私の口から出てくる以上、そこから私という人間の要素を完全になくすことはできない。でも、「自分ならどう言うか」を話したいわけでは決してない。


「この人が日本語を話せたら、きっとこう話すだろう」


できるだけそこに近づきたいと思っている。そう考えると、「通訳を聞いている感じがしない」「普通にあなたが話しているように聞こえる」という言葉は、少し不思議でもある。


聞いている人には、私自身が自然に話しているように聞こえる。でも、話している私自身は、できるだけ「私」を前に出さず、目の前の話し手になったつもりで話している。その結果として、「通訳を聞いている感じがしない」と感じてもらえたのだとしたら、通訳者としてこんなに嬉しいことはない。


自分の通訳が人にどう聞こえているのかは、自分ではなかなか分からない部分も大きい。だからこそ、今回いただいた言葉はとても嬉しく、心に残った。


これからも、話し手がもし日本語(英語)を話したならこう話すだろう、と思える日本語(英語)を、その人に代わって届けられる通訳者であり続けたいと思う。



少し前にポルトガルで歯のトラブルがあったことについて書きました。


歯科医の先生が同じ箇所の他の問題も見つけてくださって、色々治療していることと、最近仕事が本当に詰まっていることから、なかなかハイペースで歯医者に行けず、まだ治療が続いています。


そんな中少し前と今朝(今回の記事は土曜日に書いています)の2回仮歯が外れてしまいました。幼い頃の歯の怪我の影響もあり、紆余曲折(?)をたどった前歯の状況もあり、仮歯が外れると誰にも見せられないような姿なのですが、それだけではない気づきがありました。


それは(予想はしたものの)FとVがものすごく発音しにくいということです。さらにはTHの音も発音しづらいです。最初に音を出してみたときは想像以上でした。


FとVは上の前歯と下唇を使う唇歯音であり、THは舌と歯を使う歯音です。発音方法は幼い頃に割と自然に身につけてずっと知っていたし、ずっと発音もしてきたのですが、いざ前歯の一部がない状態になると、「本当に歯を使っていたんだな」と改めて実感します。


普段であれば無意識に発音している音ですが、仕事中に「Fだ」とか「THだ」とか意識してしまいます。何なら同じ意味でそれらの発音がない単語があったらそちらを選びたいと少しだけ思ってしまうほどです。当然ながら通訳者は頭の中で訳すだけではなく、言葉を実際に自分の口で音にしなければならないのです。


語学力や専門知識だけでなく、さらには喉だけでもなく、歯も大事な大事な仕事道具だと改めて実感したのでした!早く歯の治療が終わって欲しいものです。





9月の2週目の週末はパラバドミントンの通訳を担当しました。


ただしこちらも最近担当しているK-popの通訳と同様、私の声がそのまま視聴者に届くのではなく、英語の字幕となって表示されるものでした。


音声で聞けば多少長くても耳で聞きながら理解できると思いますが、字幕の場合は「表示されている間に読める量」には物理的な制約があります。また、日本語では主語等を落として短い表現が続いても、それを英語にしようとすると、どうしても言葉数が多くなるので、読みきれなくなります。

しかも実際に字幕が流れているYouTubeの画面を見たのですが、映画のようにあらかじめ訳が終わっているものが塊として一度に表示されるわけではなく、通訳者の訳出が少しずつ表示されます。言葉数多く訳してしまうと本当に見にくいなと実感することができました。


2日間の通訳の中で、コメンテーターの方のたくさんのコメントの中で何を出すべきか、そしてどうすれば短く言えるかを考えながら訳出していました。例えば「決めた」という言葉は今回の頻出表現の一つでしたが、That's a winner.みたいに動詞ではなく名詞として訳すと自然だし、割と短く言えると思います。(ちなみに実況中継で起きた瞬間のことを言うので、過去形よりは現在形が自然だと思います。)


もちろん品詞を変えるアプローチは通訳としては珍しいテクニックではありません。ですが、字幕になるという制約の中で、その重要性を改めて認識しました。


ついつい基本的な方向性として「話されたことを全部訳す」ことに意識が向きがちですが、何を残して、何を言い換えて、どこまで短くできて、読んで意味がとれるかを考える必要がある、そんなお仕事でした。


私は学生時代テニスをしていましたが、バドミントンはそこまで馴染みがなく、ballではなくshuttleと言わなきゃみたいなところから始まった今回の予習、準備でしたが、実際の試合を通じてさまざまな表現を学ぶことができてとても興味深かったです。またもちろん仕事として見ていましたが、想像以上にスピーディで手に汗握る展開でとてもおもしろかったです。


またいつか同様の機会があれば、今回の学びを活かしたいです!





先日通訳中にある方の発言で「草葉の陰から見守っている」をいうのがありました。聞いた瞬間in the graveというイメージと訳が浮かびはしたのですが、そこはかとない違和感が・・・。


だってお墓ってことは死んじゃってますよね?そもそもそこまで頻繁に使う表現でもないし、お墓が浮かんできた自分のイメージは合っているんだっけ?と思ったこともあり、「草葉の陰から」という部分は敢えて落とすことにしました。


そんなことがあったと書き留めておいたんですが、今回のブログを書くにあたって改めて調べたところ、やはり「亡くなった人が見守っている」という意味でした。


果たしてこの表現を使った方は、組織を離れていなくなる自分のことを例えて、本来生きている人が言わないはずのこの表現を敢えてブラックジョークとして言ったのでしょうか?お聞きすることもできないので、真相は定かではありません。


一番重要な部分は「見守っている」ことなので、それは訳出しましたが、敢えてこの表現を使って、笑いをとりに行こうとしたのではないかと思えなくもなかったので、落としたのが正解だったのか、in the graveというのが正解だったのかよく分かりません。普段から頻繁に通訳を担当している案件でもなかったので、人となりもそこまで分からず、そうなると無難な選択肢に行かざるを得ません。


同時通訳者ってこんな感じの判断を瞬間、瞬間でしながら訳しています。もちろん原則的に話者のメッセージを編集する権利はないので、できるだけ訳出しますという大前提ではありますが。こんなふうにしているから長時間一人ではできないし、何時間にも及ぶ業務のあとはたとえ複数人で対応していてもどっと疲れるのです。


「久々の」と言ってはみたものの、前回来たのは6月で日にちまで厳密に見ると3ヶ月はたっていません。でも私の中ではかなり久しぶりの感覚で、仁川からバスに乗る時に江南方面のバス乗り場はどこだっけ?となってしまいました。


今回は13:30まで自宅で仕事をしてから、終わるや否や成田空港に向けて出発だったのでドタバタでした。タクシーで品川駅まで行って、順調にホームに着いて3分後の成田エクスプレスのチケットをアプリで買って乗れる!と思ったら、ギリギリすぎて買えませんでした・・・。何分前までなら買えたんだろう。先に買っておいてダメならキャンセルというアプローチの方が良かったのかもしれませんが、キャンセルし忘れたら、新幹線のように次の電車の自由席に乗れるということもなく、単なる買い直しになるので躊躇してしまったのですよね。以前何故か東京駅でホームを間違えて待っていて成田エクスプレスに乗り遅れたこともあって。


その後次のNEXに乗れば良かったのに、蒸し暑いホームで待ちたくないがあまり、数分後に来た総武線快速成田空港行きに乗りました。この時に飛行機の搭乗時刻をちょっと勘違いしていて、空港の出発ターミナルに着いた時には搭乗時刻2時間前を切っていました。で、そんな時に限って、航空会社の機械でのチェックインができないということで、カウンターに並ぶ羽目に。そこそこの人数が並んでいて全然進みません。係員の女性に17:30の飛行機ですけど本当にただここに並んでいて大丈夫なんですか?と聞いてみたものの状況は変わらず。


15分ぐらい待ったでしょうか?列は遅々として進まず焦り始めたころ別の女性係員が来て何時の便ですかと聞かれ、別の列に連れて行ってもらい、チェックインしてもらえました。そのあとは保安検査などもスムーズで結果的には搭乗締切の30分前にはゲートに行ったので、何の心配もなかったのですが、無駄なストレスを感じました。明らかに17:30発と18:30発の人たちが混ざって並んでいるのに、なぜさっさと交通整理をしないのか・・・と自分が遅めに着いたのを棚に上げて、そんなことを思ってしまいました。


そんなふうにバタバタしながら、それでもふと思いました。以前の私だったらもっともっと焦って大きなストレスを感じていただろうなと。元々心配性でなんでも早めに手配して確認しないと不安で仕方ない性格だったのですが、それが少し和らいできたように感じます。慣れによって油断しているとも言えますが。自分が思っていたよりなんとかなるという経験が蓄積されてきたからでしょうかね。


ちなみに今回ホテルではなく普通のアパートに滞在していますが、着いたのが夜だったのと地図の案内がよく分からなかったのと、自分の勘違いがあいまって、全然関係ない建物に入って言われた部屋のピンコードを入れて入ろうとしてしまいました。その時その部屋の方が在宅だったとしたら、さぞ怖かったことでしょう!


入れないなと思った直後に同じ建物の住人が帰ってきて、住所合ってますか?と聞いたら違うと言われ、また探してやっとそれらしい建物に着くも、今度は自分の勘違いで建物に入れない〜となりました。でもその時も建物の前にちょうど家族らしき人がいて、住所を見せながら聞いたら合っていると言われ、彼らが入るのに乗じて一緒に建物に入れました。(本当はこうやって変なふうに侵入する人もいるかもしれないし、良くないことなのでしょうけど)


すぐにコンビニに行って買い出しをしたのですが、帰ってきたら今度は建物に入れない。部屋と建物のコードは違うのですが、この時点でまた自分の勘違いに気づいていません。モバイルバッテリーも置いてきちゃったのにどうしようと思ったら、また別の住人がどこかから帰ってきて親切に教えてくれました。しかも次から一人でできるようにやってみなさいと練習までさせてくれて!ということで困った時に人々がいて、もしくは現れて親切に教えてくれて、問題なく帰宅できました。そしてその後ゆっくりともらっていた情報を見て自分の勘違いに気づいたのでした。(最初から建物のコードももらっていたんです。)


あまり脈絡もなく、ただつらつらと時系列で起こったことを書き連ねてしまいましたが、やっぱり経験を重ねていくと動じにくくなるし、そしてなぜか助けてくれる人が現れるのが本当にラッキーだなと思いました。


仕事もそれなりに入っているし、普段より短めの滞在なのが惜しまれますが、今回もできる限り楽しく過ごそうと思います!



先週は5年ぶりにLAを訪れました。5年前はBTSのコンサートを初めて見に行ったのですが、今回は観光ではなく、通訳の仕事での訪問でした。前回はまだコロナ禍で、出国にも入国にもPCR検査が必要で、かつ渡米中に政府の方針が変わり、帰国後ホテルで3日間隔離生活をしたことを思うと、全く違う訪問になりました。


3泊4日の短い日程で、2日間の通訳をして帰ってきました。エンタメ要素の強いツアー、会議室でのプレゼン、質疑応答、そして現場の行程を見るツアーなど、予定がぎっしりのお仕事でした。


今回改めて思ったのは、海外出張の仕事は普段にも増して、体力勝負だということです。日本の夜便で出発しましたが、音や光に敏感なので、案の定2時間寝たかどうかで現地に到着。夕方にホテル着で、夕食を食べて寝れば良いので、ものすごくしんどいとまでは言いませんが、それでもふらふらになりながら入国審査に並び、Uberに乗って移動するのでそれなりに疲れます。MPC(モバイル・パスポート・コントロール)を使ってみたくてダウンロードやパスポートの読み込みなど準備はしていましたが、ご一緒のパートナーがESTA(電子渡航認証システム)を使用するのが初めてとのことで、その場合MPCは使えなくなるので、私だけ早く出ても結局一緒にホテルに移動なので、今回は諦めました。


今回事前に出ていた資料は少なめで、初見でかなりスピードの速いスピーカーの通訳をしなければならない場面が多かったです。そして、事前にいただいていた内容から大きく様変わりしていた資料もあり、若干焦りましたが、できるだけ早く最新版をもらって直前まで予習したり、同じ内容を英語から日本語に訳出すると日本語の方が時間がかかりがちなことをスピーカーに説明して、スライドが変わる時に少し間をおいてもらうようにしたり、できる限りのことをしてなんとか乗り切りました。ゆっくり話してとお願いしてもなかなか難しい事が多いのですが、スライドを変える時に間を置いてというのはもしかしたらやりやすいのかもしれないですね。良い学びになりました。


普段の仕事でもそうですが、事前の準備は当然必要なものの、その場での変更にもなるべく臨機応変に対応できるようにしたいものです。「なんでよぉ?」と思うことも正直多々ありますが、なるべく早く気持ちを切り変えて、ベストを尽くすしかありません。(自分に言い聞かせています。笑)


なかなか一筋縄では行かない海外出張ですが、普段なかなか行けない場所に行けて、見られないものを見られるのは、楽しく興味深いです。詳細はここでは書けないのが残念ですが。そして私は単純に海外に行くのが好きなので、海外に行くというだけでテンションが上がりました!


そして今回は仕事を全て終えた後の滞在中最後の夕食をUCLA時代の友人と一緒に食べました。3年ぶりの再会でした。前回は私が省庁の仕事を終えて、そのまま羽田に向かって羽田で再会したのですが、今回は私が滞在していたホテルの近くのモールでご飯を食べました。私の日程も限られていたし、彼女も日によっては夜遅くまでの仕事をしているので、会えるかどうか不安でしたが、無事に会えて色々話ができて嬉しかったです!


彼女に会う前にものすごく早足でモールを見てみたら、ちょっと気に入った服があったので、買いました。日本でも買えるブランドではあるので、果たしてアメリカで買った事が得だったのかどうか分かりませんが。日本でいくらなのか見ないようにしようと思います。


今回の買い物やUberなど全て Wiseで支払いをしました。アメリカの通訳エージェンシーから米ドルで報酬を受け取っておいて、ドルのまま使えたので、為替レートの影響を受けることもなかったし、クレジットカード同様問題なく使えて便利でした。クレジットカードでマイルを貯めているので、これまで海外でもクレカを使っていましたが、Wiseで換金や高い手数料を避けた方が全体としてはお得だそうです。(計算する術もないのですが、旅慣れた友達の言葉を信じています。)


というわけであっという間でしたが良い海外出張でした。また機会があると嬉しいなと思います!



一昨日はJACI(日本会議通訳者協会)の通訳フォーラムの対面セッションの日ということで、新宿まで行って参加してきました。


まず最初はMIISの卒業生でもあり、通訳仲間のWさんによるAIに関するセッションを聞きましたが、とても参考になる情報があり、ありがたかったです。たくさんメモを取って来たので、今日の夜からの出張が終わったら、落ち着いて見直して、色々試していきたいと思います。


 Wさんとはオンラインの通訳案件で何度もご一緒していたのですが、大阪在住ということで今回初めてお会いできてめちゃくちゃ嬉しかったです。セッションの後にカフェに行って、色々お話できて本当に楽しかったですし、ここでも有用な情報をいただきました。


そして夕方にもう一つ別のセッションに参加しました。こちらも有益な情報がありましたし、もしかしたら未来の仕事につながるかもしれない出会いがあったので、楽しみです。


そしてその後は納涼会に参加。前述のWさんと韓日通訳者のNさんと同じテーブルに座ることができて、楽しく過ごして来ました。


一昨日までの1週間は私にしては珍しく5日のうち4日現場でその中には宇都宮出張もあり、その間に、昨日のかなり難しい案件の準備もせねばならず、また問い合わせも多くとても大変でした。一昨日起きた時も疲労困憊で行きたくないぐらいだったのですが、行ってよかったです。


楽しく賢い女性たちとのお仕事や交流は最高です!



インスタでフォローしている韓国のニュースのアカウントがあるのだけど、写真を見て

「あ、(サッカー選手の)ロナウドの話だ」と思って見出しを読んだら、호날두(無理やりカタカナにするとホナルドゥ)と書いてあった。そこで「ロナウドじゃないの?」と思って調べてみたら、やっぱりロナウド。

日本語と韓国語では外国人の名前の表記がこんなに違うんだと改めて実感したのだけど、何故って思ってちょっと調べてみたら、彼がポルトガル人なのでポルトガル語の発音が元になっているみたい。なるほどーって思った。確かに英語の単語も韓国語の方が元の英語の発音に近いことが多いし、以前Zoomでお話ししていた先生にも「朋子さんの場合は英語っぽく発音した方が(日本語っぽく発音するより)韓国語での発音に近くなります」と言われたことがあったわー。

日本語では漢字由来ではない外国語の名前や単語って(和語ではなく)カタカナを使うことが多いなあって思う。韓国語を勉強するかしないか迷っている頃にお話した方が、韓国語では予想以上に漢字語の場合が多いって言っていて、その時はピンときていなかったんだけど、最近その通りかなと思うようになってきた。

例えばパスポートは여권(旅券の韓国語読み)と言い、パスポートとはあまり言わない。(もちろん英語を話す人なら分かってくれるだろうけど)日本人なら、たとえパスポートを持っていない人でも、言葉自体は通じると思う。たまに日本語以上に漢字語を使っているなぁと思えるのが興味深い。

そして先週行った言語交換会で改めて思ったのは、韓国語はing形が好きなんじゃない?ってこと!食べ物の話をしている時に、チートデイって言葉を自分が言って、「もしや韓国語では치팅데이(チーティングデイ)なのでは?」って思って韓国人たちに聞いてみたら、やっぱりそうだった。ちなみに英語ではcheat dayなので韓国語だけがなぜかing形を採用している。他にもこれ韓国語ではing形なんだーと思ったことが以前にもあったし。韓国語を勉強していると、こういう英語が韓国語に入ってきた時の変化が面白いなぁ。

こうやって見てみると、外国語を勉強するのって、単語をただ暗記するだけじゃなくて、外国語がその国の言葉にどう変化しているのかを知ることでもあるんだなと感じる。これだから語学オタクは面白くてやめられないな!



先日、K-Popグループのコンサートのライブビューイング字幕用の通訳を担当しました。以前のファンミに続き同じ形式で行われて、今回は韓国、香港、台湾ではリアルタイムで、さらにアメリカ、メキシコ、ブラジルではディレイ上映で字幕が表示されるとのことでした。


通訳という職業をお伝えする機会があると、(私の場合は英日なので)英語ができればできるんでしょ?と思われることもあるようなのですが、実際にはそれは必要最低条件であって、それだけでは足りません。そのことを今回改めて感じました。


今回は前回のファンミのお仕事とは違い韓国人というよりは日本人も多めのグループでした。コンサート中のコメントも基本的に全て日本語だったのですが、一部韓国語の単語が混ざったり、韓国語と日本語を掛け合わせた単語が出てきました。韓国語を勉強してきたおかげでそれらの単語が何なのかが分かったので、割と自然に訳すことができて良かったなと思いました。


そして自分の中で一番印象的だったのが、TikTokで流行ったあるネタでした。私自身はTiktokを使っていないので、一瞬戸惑ったのですが、そのフレーズ自体はどこかで聞いたことがあって、ピンときたので、短く自然な訳を出すことができたように感じます。字幕は短く、読みやすくすることも大切なので、「分かる」ということがそのまま良い字幕につながるのではないかと思います。日本語は省略が多いので英語に訳した時少し長めになってしまいがちなのが自分の反省点だなと思いました。


本番よりも前にサウンドチェックがあり、その様子を(通訳は必要ないものの)見ていました。その時にこの話が本番でも出そうだなと思った話があったのですが、案の定出てきました。また前日のイベントについて、このグループのファンの方が書いてくれたXの投稿の情報がすごく役に立ちました。その方の投稿と公式の発表の情報を組み合わせて予習しておいたこともやはりドンピシャで本番に出てきました。通訳の準備は、辞書を引くだけではないのですね。


エンターテインメントの通訳では、語学力はもちろん大切ですが、それだけでは十分ではありません。日頃からさまざまな文化や流行に触れたり、事前に情報を集めたりすることも、通訳者にとっては大切な準備の一つなのだと、改めて感じたのでした。


今回もとても興味深くお仕事をすることができました。さて、またこういうお仕事の機会があるでしょうか?あるとしたらどんな風になるのでしょうか?楽しみです。



つい最近、通訳業界の大先輩、通訳エージェンシーの方、インハウス通訳の方とお食事をする機会がありました。


その席で、大先輩から思いがけず私の通訳についてこんなコメントをいただきました。


「通訳しづらい場面になっても慌てている様子が出ず、ペースやトーンがほとんど変わらない。本当に上手なピアニストは、ミスをしても聴衆に気づかれないというけれど、それに似たものを感じる」


この言葉を聞いて思いました。通訳者にとってミスをしないことは大切であり、しないに越したことはありません。でも、実際の通訳の場面では、単語が聞き取れない、予想外の展開に驚く、話者のアクセントに苦戦するなどなど、いろいろなことが起きるので、完璧に訳すというのはかなり難しいです。そして正直に言えば、心の中で焦ることはよくあります。そこで本当に大切なのは、通訳者の動揺が表に出てしまうかどうかです。


確かにピアニストや演奏家もコンサートの時に小さなミスを犯すことはあるのでしょう。ですが、経験を積んでいればいるほど、その瞬間に流れを止めることなく、演奏を続けるのではないでしょうか?結局のところ多くの観客が感じるのは(もしくは分かるのは)ミスをしたかどうかではなく、音楽全体がどう聞こえたかであるような気がします。少なくとも自分が生で演奏された音楽を聴くときはそうであるような気がします。(そもそも気づくだけの耳があるかという議論もありつつですが。)


そう考えてみると通訳も少し似ているような気がします。いつでも最適な訳語がすぐに口から出てくればそれに越したことはありませんが、思いつかない時もあります。肯定文かと思いきや文末でひっくり返されることもあります。音がよく聞こえないこともあります。


常に予測をしながら通訳をしているわけですが、予定外のことがしばしば起こるので、その時に通訳者が焦りすぎると、それが声や間や呼吸に出て伝わってしまいます。(そう言えば通訳者が呼吸の音をマイクに入れないっていうのも、結構大事かつ、個人的にタイムリーな話です!)


今回大先輩から頂いた言葉は、20年以上通訳を続けてきた自分にとっても、とても嬉しいものでした。もちろん、これからも知識や技術を磨き続ける必要があることは言うまでもありませんが、同時に皆さんに安心して聞いていただける通訳者でありたいという思いを改めて強くしたのでした。